最高裁判所第二小法廷 昭和59年(あ)1665号 決定 1988年3月02日
本籍
大阪市東成区玉津二丁目二四番地
住居
同天王寺区生玉町一〇番二〇号
朝日プラザ高津第二-九〇二号
カフェー経営
原田定子
昭和一八年一〇月三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年一一月七日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人田原睦夫、同水野武夫の上告趣意第一点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第二点、同第三点のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例(最高裁昭和五八年(あ)第五〇八号同五九年一〇月一五日第一小法廷決定・刑集三八巻一〇号二八二九頁)は、事案を異にして本件に適切でなく、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第四点は、違憲(三九条違反)をいうが、実質は、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よって、同方四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)
○上告趣意書
昭和五九年(あ)第一六六五号
被告人 原田定子
右の者に対する所得税法違反被告事件についての上告の趣意は左記のとおりである。
昭和六〇年二月九日
右弁護人
弁護士 田原睦夫
同 水野武夫
最高裁判所第二小法廷 御中
記
第一点 原判決は所得税法第三六条の解釈、適用を誤まり、その結果本件各年度の所得額及び逋脱税額の算定を誤まる違法を犯したものであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものであって、破棄されるべきものである。
本件各年度に於いて、被告人が納付すべき料理飲食等消費税(以下本税という)額相当額は、預り金としての性質を有するものであって、所得税法三六条の収入金額には該当しないものであり、従って本件各年度の本税相当額は、本件各年度の収入金額から控除されるべきであるのに拘らず、それを収入金額に算入されるべきものとした原判決は、所得税法第三六条の解釈、適用を誤るものである。
被告人が納付すべき本税相当額は、預り金としての性質を有するものである。
1 本税に関する地方税法の規定そのものからして、本税相当額は預り金としての性質をもつことは明らかである。
本税は、「料理店、貸席、カフェー…における遊興、飲食…その他これに類する利用行為に対し、料金を課税標準として、その行為地所在の道府県において、その行為者に課」せられるものであって(地方税法第一一三条一項)、その納税義務者はカフェー等において飲食を行った行為者自身であり、カフェー等の経営者は特別徴収義務者として、本税を行為者から徴収のうえ道府県に納入すべき義務を負うにすぎない。
従って、カフェー等の経営者が飲食等を行った者から徴収した本税は、あくまで道府県に納入すべく各行為者から預った預り金としての性質を有するものであり、カフェー等の経営者の収入としての性質を有するものではないのである。
2 企業会計処理のうえからも、預り金として取扱われるべきものである。
大蔵省の定めた「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」第四九条では、流動負債を支払手形、買掛金、預り金等に区分することを定めているが、その解釈規定である「財務諸表規則取扱要領」第一二二条には、「当該会社の源泉徴収した役員又は従業員の勤務所得税は、規則第四七条第一項第七号の預り金として記載するものとする」と定められている。
源泉徴収にかかる所得税は、雇用主が従業員に支払う給与等から源泉したうえで納税するものであって、納税義務者はあくまで従業員であり、雇用主は従業員から徴収した源泉所得税を、その納付までの間税務署のためにいわば預り保管するものであるが、前記のとおり、本税も、納税義務者たる飲食等を行った者から経営者が徴収したうえで道府県に納税する点に於いて源泉所得税と共通の性質を有しており、従って、源泉所得税と同様に預り金として処理されるべきものである。
尚、右規則は、証券取引法の適用のある企業につき定められたものではあるが、企業会計処理の基本原則を定めたものであり、同法の適用のない企業の会計処理に当っても当然に適用されるべきものである。更に同規則は、企業会計の基本原則を定めたものであって、税務会計について定めたものではないが、税法上特段の定めがない限り、税務会計にも企業会計の原則が適用されるべきものである。そして、所得税法上、本税の取扱いについては何等特段の定めはなされていない(尚、所得税基本通達三七-四については後述する)。
3 本税が納入申告の方法によって納入されることは、経営者が徴収した本税の預り金としての性質に影響を及ぼさない。
地方税法第一一九条は、本税は、特別徴収義務者たるカフェー等の経営者が納入申告の方法によって納入すべきものと定めているが、これは課税権者たる道府県においては、特別徴収義務者の経営実体やその徴収内容を適確に把握することが困難なために、徴収の便宜を図るべく特別徴収義務者に納入申告させるとの方法を定めたものにすぎないのである。カフェー等の経営者が本税の納税義務者ではなく、納税義務者はあくまでカフェー等で飲食等の行為をした者であり、その経営者は本税の特別徴収義務を負うものにすぎない以上、その納税方式の如何によって、特別徴収義務者が徴収した税金相当額の経理処理上の性質が変動する謂われはないのである。
尚、納入申告方式によった場合には、本件の如く納税者からは本税を特別徴収しながら納入申告は過少に申告することが起り得る。しかし、かかる申告をなすことが、即経営者に於いてその差額を領得する意思が存することを示すものではないし、また、かかる過少申告に対しては、道府県知事による更正(地方税法第一二四条一項)によって是正されるものであるから、過少に申告される可能性が存することをもって、特別徴収された本税の預り金たる性質を否定すべき根拠とはなり得ないのである。
更に、過少に納入される可能性という点では、その性質が預り金たることにつき争いのない源泉徴収にかかる給与等の所得税の場合であっても同様であり、それが過少に納入された場合その是正は、国税徴収法第三六条の納税の告知によってなされているのである。
二、所得税基本通達三七-四について
所得税基本通達三七-四は「料理飲食等消費税…は、消費者、利用者等から領収する金額を総収入金額に算入し、申告、更正若しくは決定又は賦課決定により、納付する金額を必要経費に算入する」と規定し、所謂両建経理をなすことを定めている。しかし、本税は、前記のとおり収入金額でもなければ、会計学上の「必要経費」にも当たらないのであって、右基本通達は、徴税の便宜の為の事務処理規定にすぎない。
1 カフェー等の経営者が納付すべき本税は必要経費には当たらない。
カフェー等の経営者が徴収する本税の「収入金額」性とそれを納付することの「必要経費」性とはパラレルな関係に立つ。しかし、本税は、如何なる意味でも会計学上の必要経費には当たらないものである。事業所得における必要経費とは、その「所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」であり(所得税法第三七条一項)、それは、「その収入を得るための必要上、支出がなされたものでなければならない」のである(国税庁企画課編「税務、会計用語辞典」三三五頁)。(収支対応の原則、費用収益対応原則)。
ところが本税は、カフェー等の経営者が特別徴収義務者として客から徴収するものであって、前項にて詳述したように、収入金額とは言い得ないものである。また、本税については非課税行為(地方税法第一一四条の二)や課税標準の特例(同法第一一四条の三)、免税点(同法第一一四条の四・五)等が設けられており、本税の課税対象になるような飲食店営業をなしても本税を支払うことなく収入を得ることが出来るのであるから、飲食店営業をなすことによる収入と本税の納付とは相対応するものではなく、従って、「収入を得るための必要上支出されたもの」と言うことはできないのである。それ故、本税が会計学上の必要経費の概念には含まれ得ないのである。
尚、同基本通達三七-五は、業務の用に供される資産に係る固定資産税等は必要経費に算入される旨定めているが、それらの税は業務の用に供される資産-収入を得るための資産-を保持していくうえで当然に課せられる税金であって、正に収入を得るための必要上支出されるものであり、それらの税と本税とを同列に論じることは出来ないのである。
2 所得税基本通達三七-四は単に所得の算定の便宜のために設けられた徴税上の便宜のための事務処理規定にすぎない。
特別徴収にかかる本税は、預り金としての性質を持つものであって収入金額とは言えず、また必要経費にも当たらないのであり、両建経理を定めた右通達は、徴税の便宜のための取扱規定にすぎない。
即ち右通達は、本税等は本来収入金額ではないが、飲食店等の経営者が客から代金を受領する際には、本税分をも含めて一括して受領し、本税額を別個に保管する訳ではなく、他方、支払うべき本税額は、本税が非課税とされたり、課税標準の特例、免税点等が存するところから、収入金額だけからは本税相当額が一義的に明確ではなく、殊に白色申告者の場合には記帳も十分になされていないこともあって、客から徴収した本税の金額が常に明確に把握されているとは言い難いところがあるところから、所得の算定の便宜のために、客から徴収した本税額も収入に加算して計算することとし、それへの対応から、申告をすることによって具体的に確定した本税額分を必要経費とすることにしたにすぎないのである。そして本税についての申告漏れ等が存したために更正や決定がなされた場合には、右の算定方法からするならば、本来は申告漏れのあった年度の必要経費が増額したのであるから、当該年度の所得につき修正申告をなして所得税の還付を受けるべき筋合であるが、手続きの煩瑣を避け、また営業が継続されている場合にはさして大きな相違を来たさないところから、便宜的に右の更正や決定のなされた年度の必要経費として取扱うものとしているにすぎないのである。従って、この基本通達を根拠に逋脱事案についてまで、会計処理の基本原則を無視して、それを収入金額としたり、必要経費とすることは出来ないのである。
三、原判決に対する批判
原判決は、「昭和四四年以前の課税実務においては、所得税法三六条一項、三七条一項に関し、本税相当額は収入金額にも必要経費にも算入しない、いわゆる「預り金経理」の方法によることが建前とされていたのであって、(旧「所得税基本通達」二五五)、この取扱いにも一理なしとしないが、これによると、売上げの計上漏れがあっても、その部分は本税部分であるとか、それが含まれているとかを理由に実際に納入するかどうかわからないものまで収入金額でないと主張されたりして本税の課税の実体と遊離することになるところから、「…料理飲食等消費税…は、消費者…から領収する金額を総収入金額に算入し、申告、更正若しくは決定又は賦課決定により納付する金額を必要経費に算入する。」(昭和四五年七月一日付「所得税基本通達」三七-四)旨のいわゆる「両建経理」の方法による取扱いがなされるにいたったのであり、この取扱いは納入義務確定前における本税の性質並びに本税課税の実体に即したものであり、かつ徴税の適正公平を期する見地からも妥当な方法というべきである。」と判示し、本税相当額を収入金額に算入することを肯定する。
しかし乍ら右判示は、以下に詳述するように、罪刑法定主義、租税法律主義を無視し、企業会計処理の原則にも反して、単なる徴税の便宜の観点から、右基本通達三七-四を無批判に肯認するものにすぎず、所得税法第三六条の解釈適用を誤るものである。
1 原判決の認定は罪刑法定主義、租税法律主義に反するものである。原判決も指摘するように、昭和四四年以前においては旧所得税基本通達二二五は、「遊興飲食税を徴収すべき料理店、貸席、旅館等の経営者…の所得の計算に当っては、原則として、当該徴収にかかるそれらの税金は、総収入金額にも必要な経費にも算入しないものとなる」と定め、企業会計処理原則に適合する取扱いがなされていたのである。従って、右通達のもとにおいては、カフェー等の経営者が利用者から徴収した本税相当額は、総収入金額には算入されず、本税を納期に納入しなかっても、その納入しなかった金額をもって逋脱所得と認定されることもなかったのである。
ところが、昭和四五年七月一日に所得税基本通達が全面改訂され、現行の通達が定められ、本税等は、所謂「両建経理」がなされることになり、客より徴収すべき本税額を収入金額として計上せず、且つ本税の納入申告もしなかった場合には、その本税担当額は、他の要件を満たす限り、逋脱所得として認定されることとなったのである。
しかし乍ら法律や政令等の改正によることなく、行政機関内部の指揮・命令にすぎない一片の通達によって、それまで適法とされていたものを違法とするのは、罪刑法定主義、租税法律主義に反するものであって、到底許されないものである。
2 原判決が、同通達三七-四による取扱いが妥当であるとして掲げる諸点は、単なる徴税の便宜以上に、本税が収入金額に算入されるべき理由とはなり得ないものであり、そのような理由をもって、本来預り金たる性質を有する本税を、収入金額に算入することは許されないのである。
(1) 先ず、原判決は、同通達三七-四による取扱いが妥当である理由として、旧通達によると、「売上げの計上漏れがあっても、その部分は本税部分であるとか、それが含まれているとかを理由に実際に納入するかどうかわからないものまで収入金額でないと主張されたりして、本税の課税の実体と遊離する」ことを上げる。
しかし乍ら、かかる問題は、税務署と道府県の本税に関する所轄庁(大阪であれば府税事務所)との連絡さえ密であれば、容易に防止できることなのである。即ち、所得税の税務調査に於いて、納税者が原判決が指摘するが如き弁解をしたならば、本税に関する所轄庁にその旨の連絡をなし、若し納税者が弁解通り本税を納付しなかったならば、所轄庁にて更正や決定をなして本税を徴収することが出来るのである。また仮に所得税の税務調査の際に、納税者が実際に納付すべき本税額よりも過大な金額につき、本税相当額であるとの弁解をしたとしても、本税に関する所轄庁との連絡を密にすることによって、その弁解の虚偽を容易に暴くことができるのである。
従って、原判決が述べる理由は、課税庁相互間の連絡の怠慢を、納税者の不利益によって解決を図ろうとするものにすぎず、会計原則に則る従前の取扱いを違法とすべき理由とはなり得ないものである。
また、仮に原判決の掲げる理由が一定の妥当性を持つとしても、それは所得税法及びその附属法令改正のための立法理由とはなり得ても、そのような立法手続を経ずに、本税相当額の預かり金としての性質を否定し、それを収入金額に含めて逋脱所得として刑事罰を課すことを正当化する理由とはなり得ないのである。
(2) 次に原判決は、同通達三七-四の取扱いは、「納入義務確定前における本税の性質…に即したものである」とする点であるが、原判決が、納入義務確定前の本税の性質を如何なすものと捉えているのかについて、原判決は全く触れるところがなく、その点に於いて原判決は理由不備の違法を犯すものと言える。
しかし、原判決は、「納入義務確定前の本税の性質」を同通達三七-四による取扱いの妥当性を根拠づける理由としているところからして、その性質は預り金ではなく、収入金額そのものであると解するものと推察される。
しかしながら、納入義務確定前であっても、本税相当額はあくまで預り金なのである。
即ち、カフェー等の経営者が納税義務者である客から、本税を徴収するのは、あくまで特別徴収義務者としてであり、経営者は、道府県に対して、徴収した本税を納付すべき義務を法令上負担すると同時に、納税義務者たる客に対する関係でも、客より徴収した本税を客に代って道府県に納入すべき債務を負担しているのである。
そして、道府県に対する本税の納入義務は、後記最高裁判所昭和五九年一〇月一五日決定が、地方税法一二二条一項に定める本税の不納入罪は、納入期限までに納入しなかった事実により直ちに成立すると判示していることから明らかなように、納入申告等により、具体的な租税債務が発生する以前から既に発生しているのであり、また納税義務者に対する前記の債務は、納入申告等による具体的な租税債務の発生とは全く関係なく負担しているのであって、納入義務確定の前後を問わず、客より徴収した本税相当額が預り金としての性質を有することを否定することは出来ないのである。
尚、若し特別徴収義務者たるカフェー等の経営者が、客から本税を徴収しながら道府県に本税を納入しなかったとしても、それは所得税等の源泉徴収義務者が給与等の受給者から源泉徴収をしながらその納税を怠っている場合と全く同様であって、その預り金たる性質が変動する謂われはないのである。そして徴収しながら納付しなかった本税相当額が時効等の関係で道府県に納入すべき義務がなくなった場合には、特別徴収義務者は、徴収した各相手方に対して本税相当額を返還すべきものであるが、その返還が事実上不可能で当該金額を特別徴収義務者が利得したものと認められる状態になった場合にのみ、当該金額が収入金額に加えられるべきである。
このように納入義務確定前であっても、本税は預り金なのであり、原判決は本税の性質に関する解釈を誤まるものであると言わざるを得ない。
(3) 更に原判決は、同通達三七-四による取扱は徴税の適正公平を期する見地からも妥当な方法であると判示するが、(1)にて詳述したように徴税の適正は課税庁の連絡を密にすることによって容易に達成出来るのであり、また単なる通達の変更によって、会計学上預り金たる性質を有するものの性質を否定し、収入金額とし、且つ逋脱所得として刑事罰を課するようなことは到底認められるべきではないのである。
四、まとめ
以上詳述したように、被告人が客より徴収した本税相当額は預り金であって収入金額に算入されるべきではなく、第一審判決が認定し、原判決が是認した被告人の本件各年度の逋脱所得額より、差引かれるべきものなのであり、それを否定した原判決は、所得税法第三六条の解釈、適用を誤まるものである。そして、本上告趣意書に添付した控訴趣意書第一、三、原審弁論要旨四に記載したとおり、本件各年度の逋脱所得中に占める本税相当額は、昭和五五年度が七、八五九、四七六円、同五六年度が金一五、四六二、九〇一円、同五七年度が金二一、三四九、三三九円と極めて多額に達しており、右本税相当額を収入金額に算入しない場合の逋脱税額は、一審判決の認定より昭和五五年度で三、八八六、三〇〇円、同五六年度で一〇、〇九五、八〇〇円、同五七年度で一四、七〇一、八〇〇円それぞれ減少することとなるのであって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反することは明らかである。
第二点 原判決は、所得税法第三七条の解釈、適用を誤まり、また最高裁判所昭和五九年一〇月一五日第一小法廷決定に反するものであり、その結果本件各年度の所得額及び逋脱税額の算定を誤まる違法を犯したものであり、これを破棄しなければ著しく正規に反するものであって、破棄されるべきである。
仮に第一点の主張が認められず、前記基本通達三七-四のとおりカフェー等の経営者が徴収した本税額が収入金額として計上されるべきものであるとしても、本税額はその納入申告、納入の有無に拘らず所得税法第三七条の必要経費に該るものであり、それを必要経費に該らないとした原判決は、所得税法第三七条の解釈、適用を誤まり、また最高裁判所昭和五八年(あ)第五〇八号、同五九年一〇月一五日第一小法廷決定に違反するものである。
一、カフェー等の経営者が徴収した本税額は、その納入申告、納入の有無に拘らず、必要経費に該るものである。
収入金額と必要経費とは、前記のとおり収支対応の原則、或いは費用収益対応の原則により、相対応すべきものであり、当該年度の収入に対応して生じた費用は必要経費となるのであり、同基本通達三七-四のとおり本税の収入金額性が肯認される場合には、同通達のとおりその必要経費性もまた肯認されることは言うまでもないことである。
そして本税の収入金額性、必要経費性が承認される場合には、本税相当額は、本税が課せられる収入を得るために当該年度に支出され、又は支出されるべきであった費用として、当該年度の必要経費として処理されなければならないのである(東京高判昭和四八年八月三一日行集二四巻八・九号八四六頁、租税判例百選第二版一〇二頁参照)。
尚、必要経費については、債務確定主義が採られ、本税の納税義務は、納入申告、更正、決定によって具体的に金額が確定するが、「この債務確定主義でいう「確定」とは「金額の確定」という意味ではなくて、支払義務(債務)そのものの確定ということであり、したがって期末にいまだ金額が確定していなくても、支払義務そのものが確定している以上、その正当な評価額をもって費用に計上することができるわけであ(り)」(吉良実「所得の期間帰属の判定」日本税法大系Ⅰ三〇七頁)、徴収されるべき本税額は、客がカフェー等において飲食等の行為をする度に具体的に確定しており、カフェー等の経営者が納付すべき本税はそれを積算したものにすぎないのであるから、必要経費として計上されるべき本税額は、右の意味において債務として客観的には確定しているのである。従って本税に関する納入申告、更正、決定の有無は、本税相当額(未払分については、未払金として)を必要経費として処理することとは何等関係がないのである(尚、所得税基本通達三七-六については後述する)。
二、最高裁判所昭和五九年一〇月一五日決定は、本税額が、納入申告等の有無に拘らず、客観的に確定するものであることを是認している。
右最高裁判所決定は前記のとおり、「地方税法一二二条一項にいう同法一一九条二項の規定により徴収して納入すべき料理飲食等消費税に係る納入金とは、更正処分により更正された金額ではなく、同法一一三条一項の規定により、飲食店等の利用行為に対し、料金を課税標準として、利用行為者に課す金額をいうのであり、したがって、特別徴収義務者がその金額を納入期限までに、納入しなかったときは、直ちに同法一二二条一項の不納入罪が成立する。」と判示するが、右判示は納入申告、更正、決定により本税についての具体的な納税義務が確定する以前に、特別徴収義務者たるカフェー等の経営者が納入期限までに納入すべき金額が具体的に確定していることを前提とするものであることは明らかである。
従って、右最高裁決定の趣旨からすれば、カフェー等の経営者が客から徴収した本税相当額は、納入申告等の有無に拘らず、客観的に確定している限度で必要経費として計上されるべきこととなるのである。
三、所得税基本通達三七-六について
所得税基本通達三七-六は、その年分の必要経費に算入する租税について定めているが、同通達自体は、徴税の便宜のための事務処理規定にすぎないし、また同通達においても、本税が未払金として経理処理がなされるべきことを肯認し、更に、本税についても一定の要件の下にではあるが、必要経費として計上することを認めているのであって、一定の理論の下に統一した処理している訳ではないのである。
1 所得税基本通達三七-六は徴税の便宜のための事務処理規定にすぎない。
同通達は、「法第三七条第一項の規定によりその年分の各種所得の金額の計算上必要経費に算入する国税及び地方税は、その年一二月三一日までに申告等により納付すべきことが具体的に確定したものとする」と定めているが、これは第一点二、2に供述したように、本来預り金であって収入金額として算入すべきでない本税を収入金額に算入することとの対応上、本税を必要経費として算入し、しかも、必要経費として算入されるべき本税額の確定を巡って、納税者との間のトラブルを回避し、徴税の便宜を図るために、納入申告書等によって納税義務が具体的に確定している金額のみを必要経費に算入することとしたものであって、この基本通達を根拠に、逋脱事案についてまで、未だ納税義務が具体的に確定していないことだけを理由として、会計処理の原則を無視し本税の必要経費性を否定することは出来ないのである。
2 同通達では、納税義務確定前の本税も「未払金」として計上されるべきことを是認している。
同通達三七-六(2)は、「その年分の総収入金額に算入された料理飲食等消費税等のうち、その年一二月三一日までに申告期限が到来しない税額」については、「当該税額として未払金に計上された金額のうち、その年分の確定申告期限までに申告等があった税額に相当する金額は、当該総収入金額に算入された年分の必要経費に算入することができる」と定めているが、右通達自体からも明らかなように、納入申告等によって確定する前の本税も、会計処理のうえでは、「未払金」として計上されるべきものとしているのである。
従って、納入申告等の有無に拘らず、本税が未払金として計上されるべきものである以上、少なくとも逋脱事案に於いては未だ納入申告等のなされていない本税も、未払金として必要経費に算入されなければならないのである。
3 同通達は債務確定主義の下に統一した処理をしている訳ではない。
同通達二七-六本文によれば、納入申告等によって納税義務の確定した金額のみが必要経費として処理されることとなるのに拘らず、同通達(2)は、前項にて引用したように、その年分の総収入金額に算入された本税のうち、未だ申告期限が到来せず、従って、具体的な納税義務が発生していない本税についても、未払金として計上され且つ確定申告期限までに申告等があることを条件としてではあるが、必要経費として算入することを認めている。
その結果納税者は、ある年には一二月三一日までに申告期限が到来しなかった分は、必要経費として処理せずにおいて、その翌年には、右通達三七-六(2)により一二月三一日までに申告期限の到来しない分も必要経費として処理することにより、一年間に本税の一三ケ月分を必要経費として処理することが出来ることとなるが、納税者にかかる恣意的な処理を是認すること自体、同通達が、徴税の便宜のためだけの事務処理規定にすぎないことの何よりの証左なのである。
4 同通達が本件の如き場合をも含めて全ての場合に適用されるとすると極めて不公正、不合理な結果を招来することとなる。
(1) 事業を廃止した場合
例えばある年の年末をもって事業を廃止し、翌年に本税の更正や決定がなされた場合には、当該事業による収入金額が全く存しないのに拘らず、本税のみが必要経費として生ずるという奇異な結果が生ずる。
その場合、当該事業者が更正等のなされた年度に給与所得を得ていたとしても、本税はその所得のために必要な経費ではないから、同通達に従う限り控除される方法がなく、結局、更正等がなされた本税は、本来更正等の対象となった年度の必要経費としての性格をもつものであるのに拘らず、その全額が当該事業者の負担となるという不合理な結果を招来することになる(同通達では、単純な計算ミスであるか逋脱事案であるかによって何等取扱いに差異はない)。
尚、右の例は典型的な事例を挙げたが、年度途中で廃業し、更正等がなされた金額が廃業までの事業による所得額を上廻る場合にも同様の事態が生じるのである。
(2) 法人成りした場合
飲食店等を営む者が法人成りした場合には、その後は法人成りした以前の収入に関し本税の更正等がなされた場合も、事業の廃止をした場合と全く同一の問題が生じる。
(3) 白色申告の場合
飲食店等の事業者が青色申告をなしている場合には、同通達の取扱いによって更正等がなされた年度に損失が生じても、所得税法第一四〇条により前年の所得税の還付を受け、或いは、事業を継続していく限り同法第七〇条によりその損失を翌年以降に繰越すことができるから、同通達による取扱いによって生じる不合理の一部は是正される。
しかし白色申告の場合にはかかる取扱いは認められていないから、更正等の結果、その年度に純損失が生じても、それによって前年度の所得税の還付を受け、或いは事業を継続する場合にも翌期以降にその損失を繰越すことが出来ず、本来更正等の対象となった年度の必要経費として処理し得るものであるのに拘らず、その損失額を事業者が全面的に負担させられることになるのである(納入申告に単純な計算ミス等があった結果、更正等がなされる場合でも、同様である)。
(4) 本件の場合
本件では被告人に対して、昭和五九年八月二八日付で、大阪府南府税事務所より次のとおりの本税の更正処分がなされた。
バーかぶと
昭和五六年度
未納の本税 金一、一三四、二二七円
過少申告加算金 金四、一〇〇円
不申告加算金 金一〇五、〇〇〇円
昭和五七年度
未納の本税 金五、七二五、八〇二円
過少申告加算金 金一一八、一〇〇円
不申告加算金 金三三五、五〇〇円
バーかぶと虫
昭和五六年度
未納の本税 金五、五二九、五二六円
過少申告加算金 金一一四、三〇〇円
不申告加算金 金三二三、九〇〇円
昭和五七年度
未納の本税 金一四、九三五、四五二円
過少申告加算金 金三六五、六〇〇円
不申告加算金 金七六一、五〇〇円
バーきた
昭和五七年度
未納の本税 金一、七四五、二四五円
過少申告加算金 金一七四、四〇〇円
合計
昭和五六年度
未納の本税 金六、六六三、七五三円
過少申告加算金 金一一八、四〇〇円
不申告加算金 金四二八、九〇〇円
昭和五七年度
未納の本税 金二二、四〇六、四九九円
過少申告加算金 金四八三、七〇〇円
不申告加算金 金一、二七一、四〇〇円
右更正決定にかかる本税、合計金二九、〇七〇、二五二円は、同通達によれば、被告人の昭和五九年度の事業所得の必要経費として処理されることになるのであるが、被告人は本件所得税違反事件で査察を受けた後、その経営にかかるカフェーを法人成りすることとし、有限会社定佑及び有限会社ていしを設立し、昭和五八年一一月一日よりは右両社によりカフェー営業を行い、被告人は右両社より給与の支払いを受けることになったのである。
その結果、被告人は昭和五九年度については、事業も行わずそれ故事業収入が全く存しないのに拘らず、同基本通達三七-四によっても本来五六年度及び五七年度の必要経費として処理されるべき右更正処分にかかる本税分を、事業を行っていない事業の必要経費として昭和五九年度に負担させられるという、極めて不合理な結果を強いられることになるのである。
四、原判決に対する批判
原判決は、「本税をどの年度の必要経費に算入すべきかについて、所得税法三七条一項は、その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額はその年において債務の確定していることを要件としており、その年分の各種所得の金額の計算上必要経費に算入する国税及び地方税は、「その年一二月三一日までに申告等により納付すべきことが具体的に確定したものとする。…ただし、その年分の総収入金額に算入された…料理飲食等消費税のうち、その年一二月三一日までに申告期限に計上された金額のうち、その年分の確定申告期限までに申告等があった税額に相当する金額は、当該総収入金額に算入された年分の必要経費に算入することができる」(前示「所得税法基本通達」三七-六)とされているところ、本税の納入義務は、納入申告書の提出(地方税法一一九条二項)、更正または決定(同法一二四条)により確定するのであるから、本税相当額は、右の納入義務の確定した年の事業所得の計算上必要経費に算入されることになる。」と判示する。
しかし原判決の右判示は、所得税基本通達三七-六を無批判にそのまま引用するだけであって、何故同通達の解釈が適法であるのかについて何ら説くところがない点に於いて理由不備であるばかりでなく、同通達に於いても本税は納入申告書の有無に拘らず未払金として計上されるべきことを是認していることを無視し、また先に詳述した「債務確定主義」に於ける「確定」の意義についての解釈を誤るものと言わざるを得ないのである。
五、まとめ
以上詳述したように、被告人が客より徴収した本税相当額が仮に収入金額に算入されるべきものであるとしても、本税は、その納入申告等の有無に拘らず、所得税法第三七条の必要経費として、第一審判決が認定し、原判決が是認した本件各年度の逋脱所得税より差引かれるべきものであり、それを否定した原判決は、所得税法第三六条の解釈、適用を誤まるものであり、第一の四に記載したように、その誤まりによる本件逋脱税額への影響は著しく大きいところからして、それを破棄しなければ著しく正義に反するのみならず、原判決は、前記最高裁判所昭和五九年一〇月一五日第一小法廷決定に違背するものであって破棄されるべきである。
第三点 原判決は、前記最高裁判所昭和五九年一〇月一五日決定の趣旨に反し、また、法律と相矛盾する課税行為を是認するものであって、所得税法第三六条の解釈を誤るものである。
国民に対し課税がなされるに当って、国や都道府県が、ある行為を一方で適法として課税し乍らそれと相矛盾する課税や徴税処分をなしたり、一方で税法上違法であるとし乍ら他方でそれを適法として処分するが如き相矛盾する行為をなすことが許されないことは言うまでもないことである。
ところで、右最高裁判所決定は、前記のとおり、地方税法第一二二条一項の本税の不納入罪は特別徴収義務者が本税を納入期限までに納入しなかったときは、直ちに成立する旨判示するものであるが、右判示からも明らかな如く、本税は、納入申告等による納税義務の確定をまたずに、その納入が刑事罰をもって義務づけられているのである(尚、同趣旨の規定は、源泉所得税の不納付に対し刑事罰を定めた所得税法第二四〇条、通行税の不納付に対して刑事罰を定めた通行税法第一三条等とがある)。
このように、単なる本税の申告義務だけではなく、本税の納入をそれ事態を刑事罰をもって法が義務づけ乍ら、他方でそうして直ちに納入することが義務づけられている本税が未だ納入されていないという事実を捉えて、それに所得税を課するのは、相矛盾する課税行為以外の何ものでもない。
尚、本税は地方税であり、所得税は国税ではあるが、国と地方との間に於いても課税処分の側面に於いて相矛盾した行為が許されないのは、当然である(前記の通行税は、課税主体は国であるが、納税義務者は乗客であり、徴収義務者は運輸業者であって、本税と類似した法体系となっている)。
従って、最高裁判所の右法定の趣旨からすれば、刑事罰をもって直ちに納入することが義務づけられている本税は、収入金額として算入されるべきものでないこととなる。しかるに原判決は、右最高裁判所の決定の趣旨に反し、本税をも収入金額に含めることを是認し、法と相矛盾する課税行為を是認するものであって、右判例に違背し、また所得税法第三六条の収入金額についての解釈を誤まるものであって、破棄されるべきである。
第四点 原判決は同一の所為を二重に処罰することを是認するものであって憲法第三九条の趣旨に違反するものであり、破棄されるべきである。
本件では、少なくとも本税に関する部分については、社会的には本税を法定納期限までに納入しなかったという一個の事実が存するのみである(若し、本税が法的納期限までに納入されていれば、所得税基本通達三七-四、六に従っても、本税相当額が逋脱所得として認定されることはあり得ない)。
憲法第三九条は、二重処罰を禁じているが、これは一個の行為に対して二重に処罰することを禁ずるのみならず、一個の社会的事実として評価される作為・不作為(納入すべき本税を納入しなかった)に対しても、それとを二重に処罰することを禁ずる趣旨を当然に含むものと解されるべきものである。
ところで、地方税法第一一二条一項の罪と、所得税法第二三九号一項の罪とは、一般的には別個の行為であり、併合罪の関係に立つものと解される。しかし乍ら本件に即して考察した場合、地方税法第一二二条一項は、本税の不納入それ自体を犯罪であるとし、しかも前記最高裁判所決定によれば、法定納期限までに納入しなかったという事実それ自体によって同罪が成立するというのであり、他方、不納入にかかる本税相当額を収入金額であるとし、逋脱所得であるとして所得税法違反に問うのは、本税の不納入という社会的に一個の事実を捉えて、その事実を二重に評価して処罰するものであり、憲法第三九条の趣旨に違反するものであるといわざるをえない。
尚、被告人は、本件に於ける本税の不納入については、起訴されていないが、起訴されるか否かは起訴便宜主義の問題であり、また被告人は本件に於ける本税の不納付のうち未だ時効の成立していない分については、今後も起訴される可能性が存するのであって、被告人が現実には地方税法違反で起訴されていない事実は、右に述べた二重処罰の危険の成否とは全く関係がないのである。
従って、被告人に対し、本税分についても逋脱所得であることを認める原判決は、憲法第三九条の趣旨に反するものとして破棄されるべきである。